2011年07月11日

突然の出張

突然の出張命令。
とるものもとりあえず、PCの使えない場所に出向くこととなった。
期間は、3ヶ月の予定だが、事態は流動的。

ブルワーカーも持って行けない。
小型のブルワーカーを買おうかと思ったが、間に合わない。
そこで、ゴム・チューブを持って行くことにした。百均の奴を二個買った。これで十分だろう。

日本は、これからどうなるのだろう?
気にはなるが、気にしたからと言って、何ができるわけでもない。
そうしたことを全部忘れて、しばし身の回りのことに集中する生活も、悪くはないように思う。

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2011年04月17日

諸行無常

この世の中には、幾千万の事実があり、無限の出来事が起こる。
なぜならば、ひとつひとつの事象を決定する要因が、数え切れないほど多様だからだ。

たとえば、人の顔。
似ている顔はあるけれど、同じ顔はひとつとしてない。顔を決定する要因が、無限大にあるからだ。

中谷美紀 ザ・ブングルの加藤 加藤ローサ
柴咲コウ 片桐はいり ビビアン・スー

それゆえに、この世には二度、同じことは起こらない。すべては一度きり。そして、その一度きりが永遠に続いて行く。
常なるもの無し。諸行無常。変わらないものはないという教え。
ただし、それは見せかけだ。外見だけの話だ。

変わらないもの、永遠なものはある。
ただ、その姿が変わり続けるだけなのだ。
これを、色即是空、空即是色と言う。分かりやすく言えば、物事には形而上的(目に見えない)性質と、形而下(物質的で目に見える)性質があるということ。

ぼくはその空の方、形而上的なもの、目に見えない性質とコミュニケートしている。だから、悪いと分かっていることを、敢えてすることができない。
そんなことをすると、自分の中の本質が、悪い方向に変化し、自分を苦しめることを、知っているからだ。
これを、因果応報または、思考は現実化すると言う。

人が空=形而上的な存在=目に見えない性質と、コミュニケートしている事実に気づかない人たちは、悪いと分かっていることでも、平気で実行する。
そういうことをしても、自分が苦しむはずはなく、因果応報など起こらないと、信じ込んでいるからだ。
だが、その思考も現実化する。

ちなみに、そういう形而上的世界を信じない人が、霊を見る力があると言っても、ぼくは信じない。いや、仮に力があったとしても、邪悪な力だろうと考える。
そういう人は、自分の良心を踏みにじることが多く、心に負い目や引け目を増やしやすい。そしてそれが増えると、邪悪な力を吸い寄せてしまう。
不良同士が、惹かれ合うように。似てきてしまうのだ。

何の話をしているのかだって?

「この世に、理不尽なことはあってはならない」
と、思い込んでいる人たちについて、語りたいんだ。

諸行無常と言えるほど、安定したものがない状況下で、どうして理不尽なことが起こるたび、いちいち腹を立てなければならないのか?
そういうことをしていると、人はチェ・ゲバラになるか、宅間守になるしかない。
そう言いたいんだ。

チェ・ゲバラ 宅間守

ところで、ぼくはある人を尊敬している。
その人は、元自衛官だった。体を鍛えるために、5千回も腕立て伏せをやった人だ。
もちろん、そんな鍛え方は滅茶苦茶だが、軍隊式トレーニングは、メンタルの強さを作ることに主眼がある。

その人から聞いた話で、ぼくは自分の弱さも強さも、素直に受け入れて行くことこそが、ほんとうに強い心だと知った。
自分の長所も短所も認め、受け入れ、好きになる。だからといって、ナルシシストになるわけじゃない。根拠もなく、自分を高く評価するのは、頭がおかしい。
そうではなくて、精一杯頑張ることを経験すると、自分の有能さも無能さも、そのまま好きなれるようになる、というだけだ。
「あ、これは苦手。辞めた方が良い」
「あ、これは得意。お役に立てます」
そこの所が、スッキリしていて、隠すものがない。嘘がない。無理がない。
決して優等生じゃないけれど、決して問題児でもない。自分をよく知っていて、楽しみながら耐えることができる、そんな人になれるのだ。

事実、ぼくの尊敬するその人は、
「世の中は、こうでなきゃいけないんだ。こうでなきゃおかしいんだ」
などと、言ったことは一度もない。
反対にぼくは、
「こうでなきゃいけないのに、こうなってない。誰が悪いんだ?」
とあら探ししたり、犯人捜しをすることばかりしていた。

そう。サヨクはぼくと同じことをやって、何十人も・・・いや、世界レベルでは何億人も殺してしまった。
「世の中は、こうでなきゃいけないんだ。こうでなきゃおかしいんだ」
「こうでなきゃいけないのに、こうなってない。誰が悪いんだ?」
「許せん!」

ぼくも彼らも、この世の実相を許せないんだ。受け入れられないんだ。耐えられないんだ。
諸行無常、色即是空、因果応報、形而上の自然。そういったものを、受け入れることができず、この世の仮の姿を憎み、蔑み、叩き直そうとするんだ。

そのことに、良心の痛みを、感じないんだ。
憶測で、犯人をでっち上げているという、自分の嘘に気づけないんだ。
「犯人はいる!」
「オレの気分が悪いのは、全部そいつらのせいだ!」
そうやって、自分をイライラさせる現実を拒否するため、犯人を捜す(創造する)。そのことに夢中になる。
だから、ぼくはいつも苦しかった。
そして、ぼくの尊敬する元自衛官の人は、いつもユーモアに溢れ、ぼくを笑わせてくれた。
お説教など、一度もされたことはなく、いつも笑い話をしてくれるのだが、その内容にたまらないほどの滋養があった。

理想の世界を、夢見ることは良い。
だが、それを物事の価値の判定基準にしたことが、ぼくの大きな間違いだ。
そんなことをすると、減点法でしか、世界を評価できなくなる。それも、ひどく残酷な。

そうやって世界を眺めることは、自分への脅威にばかり気を取られ、ガチガチに固まることでもある。
それでは、外の世界や現実が、まるで見えなくなる。

逆に、世の中は混乱していて良いんだ、トラブルがあって当然なんだと、腹を立てることを止めれば、ホラ、外が見えてくる。
現実が、見えてくる。

自分への脅威や、自分の欠点、弱点ばかりが見えていたのに、それが消え、自分が好きになってくる。なぜか、自由になってくる。肩の荷が下りたような、気分の軽さがやってくる。
嘘から、解放されたのだ。力みから、解放されたのだ。そして、憎しみと怯えからも、解放されたのだ。
こうなれば、ほんとうの頑張りも、ほんとうの満足も、両方とも得られるようになる。

ぼくも、早くそうした境地に立ちたい。
民主党の問題、サヨクの問題は、ぼく自身の問題でもあるのだ。
彼らの醜悪さは、ぼくにとって、決して他人事ではない。

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2011年04月16日

評価よりも結果

嫌な奴にあった。

海老蔵の上から目線ぶり どんな風に嫌な奴かというと、
1.知識が豊富
2.経験が豊富
3.だけど、人を見下すのが好き
4.攻撃の糸口を見つけるや、鷹のように襲いかかり、人に恥をかかせまくる。
5.自意識は強いが、惻穏の情がまるでない。
・・・という奴。

超上から目線のキャラ そいつに二日間、16時間余りにわたり、延々と自慢話を聞かせられ、時に説教されまくった。
仕事とは言え、ほんとうに辛かった。
他人の自慢話と、他人からの説教ほど、面白くないものはない。だが、自分の自慢話と、他人への説教ほど、面白いものもないに違いない。

ぼくにとって、その16時間は苦痛と屈辱以外のなにものでもなかったが、そいつにとっては、得意絶頂の16時間だったに違いあるまい。別れる時、もの凄く上機嫌だったもの。
でも、ぼくはげんなり。
帰宅して、そいつの意見も、顔かたちも全部忘れて、入浴し、映画を観て、さっぱりするのに、2時間以上かかった。

 

こういう腹立ちは、正しい、正しくないは関係ないようだ。
自動車教習所の教官が、嫌われる理由(口の悪さ)に似ている。

たとえば、一時停止が不完全だったとする。
不完全な一時停止違反は、とりあえずは道交法違反だ。でも、軽微な違反だろう。ふつう、大事に至ることは、まずないからだ。

だが、悪い方へ悪い方へと考えたら、決して軽視はできない。
大事故に繋がることもあるだろうし、警察官によっては、見とがめて切符を切る場合もある。
何らかの事情で、これ以上道交法違反ができない会社が、その違反者を馘にする場合も出てくる・・・というわけだ。

映画『免許がない!』 しかし、だからと言って教官が、 
「運転なんか辞めて、一生自転車に乗ってろ!」
「こんな簡単なこともできないのか!馬鹿か?馬鹿だろ!認めろよ、え?」
「気づかなかったじゃないよ!ちゃんと見てろよ!世の中を舐めてるから、そうなるんだよ!」
等と、教習生を侮辱することが、果たして許されるのだろうか?
「そこまで馬鹿にされる理由はありません!」
と、誰だって言いたくなるのではないだろうか?

要するに、理由が正しかろうが何だろうが、人は侮辱されることを、決して許さないわけだ。
それは、この間TVでさんざ流れた金子みすずの詩にも、詠われている。

「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。
「ばか」っていうと
「ばか」っていう。
「もう遊ばない」っていうと
「遊ばない」っていう。
そうして、あとで
さみしくなって、
「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか、
いいえ、だれでも。

辞書を引くと、
「正しい」
とは、
「よいとされるものや決まりに合っている」(広辞苑)
という意味で、
「侮辱」
とは(漢和辞典から判断すると)、
相手の自信を奪い、いたたまれない気持ちにさせる行為
を意味している。

いたたまれなくなれば、その人は消える。
この世には、周囲の人間を手当たり次第、消してしまいたい人間が、何人もいる、ということなのかもしれない。

ぼくも、たぶんその一人だ。

今回の16時間に及ぶ苦行は、決して無駄ではなかった。
ぼくは、気づいた。
ぼくは、今まで民主党やサヨクの主張に対し、人を侮辱し、消し去ろうとする意図を、強く感じてきたが、
1.ぼくも、サヨクを侮辱することで、サヨクと同じことをやってきている。
2.大切なのは、評価ではなく、結果を出すことだ。

あれはダメだ、これはダメだとレッテル貼りをする。
また、その理由を延々と書きつづる。そして、それがいかにも正しそうに見えたとする。
でも、そんなことに価値はない。

大切なのは、より良い結果を出す行為だ。
政治ブログで言えば、事実を述べること。数字を出すこと。ソースを明確にすること。
西岡議長の菅内閣への苦言も、政治家として、より良い結果を出そうとした行為だ。こちら
これに対し、NHKが石原都知事の発言から、
「パチンコ」
の部分だけをカットして、自販機だけの規制に世論を持って行こうと操作しているのは、公共放送の職分を忘れ、パチンコ・マネーに買収された行為であるか、少なくとも評価の改ざんだ。こちら

菅が、どのくらい無能か有能かと言った評価は、各自が自由に持てば良い。そして、そこでは争わないことだ。
互いの意見の違いは、認め合い、そっとしておくことだ。
だが、良い結果だけは出すことだ。
菅の辞職しかないと思った政治家は、そう提言すれば良い。ブロガーは、正確な情報を流すべきだ。
だが、何の力もないぼくが、同じことを言って何になる?それでは、良い結果は出ないではないか!

結果の出ないことに、熱中してどうする?
総理や野党党首でもないのに、そっくりの発言をしてどうなる?
ランキング上位のブロガーでもないのに、ジャーナリストの真似をしてなんになる?
日本を代表する哲学者でもないくせに、日本の全知識を代表するような発言をして、いったいどうなると言うのか?

だから、今の政局や政治家が、どのように見えてこようと、そのことでは決して言い争うことはせず、とにかく日常生活に、良い結果が出るよう、毎日を工夫して行こうと思うのだ。

正しいことを言おうとするのではなく、良いことをする
正しくなくても良いから、良くあれ。
そんな風に思った。つくづく、思った。

 

 

 

 

 

 

 


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2011年03月04日

WBCのイチローに見る自信と信念

自信(confidence)とは何だろう?

広辞苑にはこうあった。
1.自分の能力や価値を確信すること
2.自分の正しさを信じて疑わない心

新明解国語辞典はこう。
1.確かにうまくやることができるであろうという自己評価(新明解)

学研、旺文社の辞書はこう。
1.自分の価値や能力を信じること(信じる=ほんとうだと思うこと)。

英英辞典にはこうある。
confidence: the feeling that you can trust, believe in and be sure about the abilities or good qualities of somebody or something.

あなたが、「これは本当だ」と思ったり、直観したりしている時の気持ち。また、誰かや何かの能力、および優秀さを確信している時の気持ち。

「信じて疑わない」
「確信」
「本当だと思っている」
という感覚、気持ちって、非常に落ち着いたものだろう。

これに対し、信念(faith)とは何か?

英英辞典には、
faith: trust in somebody or something will do what has been promised

誰か(何か)が、約束を果たすことを信じ、頼ること。

WBCでのイチローとある。
たとえば、ワールド・ベースボール・クラシックでのイチローと、彼に対するぼくらの気持ちってどうだったんだ?


 

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2011年02月09日

正直さとはパワーのことだ

前回、ひょんなことから「人生の目覚まし時計」が鳴ってしまい、尻に火が点いた友人の話をした。

この友人は、何とか言う資格試験を受け、独立開業を目指すことにしたようだ。
今度は、そのための「つなぎの仕事」を探し始めた。
つなぎにさえなれば、何だってやる(笑)」
と言ってる。
恥も外聞もない真っ正直対決何か、憑きものが落ちたように、スッキリした顔になった。

たぶん、正直さはこういうパワーを生み出す元なんだ。
いや、正直さがそのままパワーなのかもしれない。なんて言うか、区別して考えない方がリアルな気がするわけよ。
この人を見よってね(右図)。

変な例だが、ぼくにもこんなことがあった。

 

 

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2011年02月08日

人生の目覚まし時計(正直さと誠実さ)

きょう、ある友人からこんな話を聞いた。

彼は、ある有名な会社に行き、再就職のための面接を受けてきた。
そこは、凄く高級なマンションの一室だった。職員の応対は、非常に丁寧で、かなり高度な教育が施されていると、感じられたと言う。
彼は、面接のための受け答えを、頭の中で繰り返していた。
(こう訊かれたら、こう答えよう)
(いや、こう答えた方が、やる気があると思われるだろう)

さて、面接が始まった。
彼の右隣には、その会社の調理師になりたいという、うら若い女性が座り、左隣には、志望がよく分からない青年が座った。
資料が渡され、面接官は部屋の外に出た。女性は、黙って目を通す。彼も、黙って目を通した。
ところが、左隣の青年だけは、資料を開きもせず、携帯をいじっている。
(なんだ、こいつ・・・?)

やがて、面接官が戻ってきて、資料の感想を訊いた。
若い女性は、教科書通り
「御社の理想がよく現れていて、素晴らしいものだと思います。
と答えた。
面接官は、携帯をいじっていた青年にも、感想を訊いた。すると彼は、
「あ、ええ」
と言った切り、黙ってしまった。
面接官は、再度、感想を尋ねた。すると彼はまたもや
「あ、ええ」
とだけ答えて、黙ってしまう。

妙な沈黙が、何十秒か続いたのち、面接官は、じれたように、
「緊張しているんですか?」
と訊いた。すると青年は、
「あ、ええ、少し・・・・」
とだけ答え、また黙り込んでしまった。
(こいつ、嘘つきだな。それとも、緊張すると、携帯をいじる癖があるのか?)
そう、彼は考えた。

やがて、面接官の質問は志望動機に移った。
若い女性は、これまた教科書通りにスラスラと、ここは自分の理想通りの職場であり、是非とも働かせて頂きたいと答えた。
彼は、青年がどう答えるか、興味を持って見守った。すると、彼はいきなり
「自分は、人とコミュニケーションするのが苦手で、そのせいで学校では虐められ、転校ばかり繰り返してきました」
と、とうとうと喋り出した。そして、さんざ学校の悪口を言った後、
「でも、ここならそんな自分でもやって行けると感じたので、やって行きたいです」
とまとめた。
彼は、開いた口が塞がらなかったそうだ。

その時だった。
突然、彼の心に何かが起きた。
そして、彼は
「まったく唐突で、申し訳ないんだが・・・」
と断りつつ、最近あった、その会社の内紛について、自分の感想を述べ、
「御社の会長の態度は、大変立派だったと思う。これは、企業文化の問題で、自分ももし入ることができるなら、そうした企業文化を持つ会社に入りたい」
と続け、面接官が力強く頷いたところで、
「しかし、たった今分かったのだが、自分のやりたいことは、御社の事業とは違っている。ほんとうに申し訳ないことだが、自分の面接はここで中断して頂きたい」
そう言って、帰ってきたのだそうだ。

「ええっ?嘘だろ?いったい、何が起きたって言うんだ?」
ぼくは、驚いて訊ねた。

 

 

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2010年06月21日

そういえば・・・

前回の記事を書いてて、思い出したことがあった。

イメージです大学時代、ポスト・モダンにかぶれた学生同士の会合みたいなものに、駆り出されたことがあったのだ。
都内の公共施設だったと思うが、そこに幾つかの大学から、その手のポスト・モダン・オタクみたいのが集まって、フランスとか造形大学とかから、誰だかを招聘するとかしないとかの議論をしていた。

すると、話がどんどん変な方向に逸れて行く。
「俺は、あれも知ってる、これも知ってる」
みたいな感じで、威張り散らす奴が出てきて、会合全体が
「誰それを知ってる自慢」
とか、
「誰それの本を読んでる自慢」
みたいになってきたのだ。

これもイメージそしたら、1人だけ毛色の違った学生がいて、
「あの〜、皆さんが沢山の知識を持っていることは分かるんですが、それって何かの役に立つんでしょうか?」
と言い出した。

 

 

 

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2010年05月30日

働く幸せと会社、そして国家

クリックで出版社へ日本理化学工業という会社がある。

チョーク作りと、社員の7割が知的障害者ということでも有名。
会長は、右のような本も出している。

100%知的障害者のみで稼動できるよう、製造ラインの工程に、さまざまな工夫を凝らし、日本のトップ・シェアを誇るほどの、高い生産性と利潤をあげている。
2009年には、渋沢栄一賞を受賞したそうだ。

会長は、インタビューに答えて、こう言っている。
人は働くことで幸せになれる。であれば、会社は社員に「働く幸せ」をもたらす場所でなければならない。そのように、私は考えています。
 もちろん、会社を存続させるためには利益を出すことが絶対条件です。しかし、「利益第一主義」のために、社員が働くことに幸せを感じられなくなってしまえば、会社が永続的に発展する力は失われてしまいます。だから、会社にとっても「働く幸せ」はとても大事なものなんです。
・・・・障害者雇用を始めてはや50年が過ぎました。ここまで私を導いてくれたのは、知的障害者の皆さんにほかなりません。働くことの意味、人生にとって大事なこと、すべて彼らに教えてもらってきたのです。
 今回、出版した書籍には、私が知的障害者に学んだ大切なことを書かせていただきました。派遣切り、リストラ、働き盛りのうつや自殺の増加など、近年、健常者にとっても、「働く幸せ」を実感することが難しくなっているように感じます。本書が、頑張って働いていらっしゃる皆さまのお力になれれば幸いです。


さて、会長が障害者から教わったという、「働く幸せ」だが、それはこんなエピソードに含まれている。


 

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2010年05月26日

ねぇ君、それってホントに教科書?

昔の下校姿この間、買い物がてら歩いていたら、学校帰りでランドセルを背負ったままの、小学生の会話が聞こえてきた。

かなり大きい子だったので、5年生か6年生だろう。片方の子が、社会科の教科書を、大声で読んでいた。
資本主義とは、資本家が労働者を雇って、商品を生産し、利益を上げる社会の仕組み・・・だってよ!
分かった。ええと、シホンシュギトハ・・・

(へえ?小学校で、「資本主義」なんて言葉、教えてるんだ・・・・)
ちょっと気になった。
資本主義という用語は、マルクスが使い出したんじゃなかったかな?
それに、ほんとうなら、この現実、今の世の中は
「市場原理社会」
とか
「自由市場社会」
と呼ぶべきなんじゃないかいな?

つまり、教科書にはこう書かれるべきだと言うことだ。
自由市場社会とは、元手を貯めて商品を買い、それを他のものと交換して暮らす、社会の仕組み。みんなが生きている、この世の中の仕組み

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2010年05月24日

世界中の辞書が間違えている?

Siphon世界中の辞書が、サイフォンの原理を誤って定義していた、とのニュースを見つけた。こちら
サイフォン内の液体を移動させる力は、
「大気圧ではなく、重力だ」
と言うのである。

試しに、サイフォンを広辞苑で引いてみた。すると、

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2010年04月05日

ブロッコリーの白和え

ちょっとブロッコリーが多すぎた家人が作る、ブロッコリーの白和えにはまっている。

とにかく、飽きが来ない。
ぼくは、ブロッコリーが苦手なんだが、これなら幾らだって食べられる。事実、昨日もブロッコリーの大きな株を、まるまる一個分、豆腐は二丁分を、朝と夕に分けて、一人で平らげてしまった。

家人は、これを市販の胡麻ドレを使い、ごく簡単に作っている。

ブロッコリーは、ビタミン、ミネラルの宝庫と言われる(こちら)。
豆腐だって、負けちゃいない(こちら)。
メタボだ、血圧だと、あれこれ気になるけふこのごろ、この料理を見つけたことは、実に嬉しい。

以下、作り方になる。

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2009年10月31日

井の頭公園のピン・オーク

井の頭公園の一角仕事で井の頭公園に行き、合間にベンチで休んでいたら、
「ボトッボトッ」
と、何かが地面に落ちてくる。

ドングリか何かかなぁと思いつつ、なおもぼんやりしていると、
「ボトッボトッ」
また落ちてくる。

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2009年09月01日

土釜

万古焼きですわが家は、しばらく前から、土釜(炊飯土鍋)でご飯を炊いている。

ネットでも、色んな種類のを売っている。もしかしたら、流行なのかもしれない。
わが家のは万古焼きで、知人からのもらい物だ。ネットでは、二重蓋のものが多いが、わが家のこれは一重。でも、吹きこぼれることはない。
美味しくご飯が炊けるので、大助かりだ。

ところが、この土鍋にちょっとした異変が起きた。

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2009年07月07日

抹茶を変えた

百均の茶杓と一緒にスーパーで買ってきた、40グラム350円の抹茶がなくなった。

で、この間茶碗と一緒に買ってきた抹茶を、冷蔵庫から出して点ててみた。

 

 

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2009年07月03日

抹茶茶碗を買った

やっぱりご飯茶碗だと、使い回しで不便なので、抹茶茶碗を買うことにした。

ヤフー・オークションを見たが、意外と送料が高い。
ネットで見たら、百均のダイソーでも売っていると言う。

 

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2009年06月16日

お抹茶

抹茶が飲みたくなった。

それで、近所のスーパーで安い抹茶を買い、知人に茶筅をもらってきた。
さて・・・・あれ?そうか、茶碗がないんだ。どうしよう・・・・。

 

 

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