2011年06月02日

サヨク論:エピローグ

ふたたび、こちらの小説から引用させて戴く。

君の名は 「他の人たちは麻雀や合コンで楽しくやっているわ。今の社会のどこが悪いの?私の父は国鉄の労働者で生活は楽じゃないわ。でも貧乏なんかじゃない。革命なんてどこの国の話なの?ほんとうに革命が起きるとでも思っているの?」
眞知子は眼をそらさずに、訴えるようにして話した。左門は、ますます返答に窮した。
「革命が起こるとか起こらないとか、そういう問題じゃない。俺の哲学、俺の世界観の問題なんだ」
左門は答えをすり替えたが、説得力がなかった。
「どうして二人で幸せになろうと思わないの?私と学生運動のどちらが大事なの?このままだと私たちはダメになるわ」
「どちらが大事かなんて比較できない。恋愛と革命は次元が違う問題だよ。俺は資本主義の歯車になりたくない。もっと人間らしく生きられる世の中を作りたいんだ」
「二人で幸せになることが人間らしい生き方じゃない、って言うの?どうして物事をそんなにむつかしく考えるの?私には理解できないわ」
返す言葉がない左門は、話の矛先を変えた。
「ヴェトナムでは毎日何千人もの人たちが米軍に殺されている。その最大の兵站が沖縄なんだ。横田基地や横須賀も米軍の後方基地になっている。日本も、いや俺たちもヴェトナム戦争に加担しているんだよ。そんなことを黙って許してもいいのか?」
「私だって戦争には反対だわ。でも、どうしてそのために自分の人生を犠牲にしなければならないの?」
眞知子の声が大きくなっていた。通りすがりの人たちが、何事か?という表情で振り返って二人を見ている。眞知子は必死だった。
「皆《み》んな髪を切ったわ。上級生はスーツを着て会社訪問をしている。田島さんだって運動から離脱したわ。革命とか人民とか言っているのは肇だけじゃないの」
「俺に、髪を切ってノンポリになれ、と言うのか?」
「そうじゃなくて、このままだと肇が私の手の届かないところに行ってしまいそうな気がするの」

「もっと人間らしく生きられる世の中」
か・・・。
思い出すのは、マルクスの『ドイツ・イデオロギー』の一節だ。たしか、
「共産主義的社会では、誰もひとつの職業に縛られることなく、好きな仕事ができる。社会が社会全体の生産品や生産量をコントロールするので、私は気の向くままに、きょうはこれをしよう、明日はあれをしよう、朝は狩をし、昼過ぎからは釣りをして、夕方には家畜の世話をし、夜には食事を楽しむことにしよう、という生活が可能になるのだ。
これに反し、社会活動の固定化、つまりわれわれ自身が作った生産物が、われわれを支配し、裏切り、明日の予定を台無しにする、そんな強制力が生まれる状態は、過去の歴史に固有な現象だったのだ。」(かなりの意訳)
みたいなことが、書かれていた記憶がある。
左門君はもしかしたら、そういう社会を実現するために、今や爆弾闘争に入り込もうとしているのかもしれない。

これに対し眞知子さんは、
「それなりに楽しく暮らしているのに、なぜ革命が必要なのか理解できない」
と、至極まっとうなことを言う。

左門君は、
「人間らしく暮らせる世の中にしたいんだ」
と言うが、眞知子さんからは
「二人がふつうに幸せになることは、人間らしくないの?」
と訊かれ、言葉に詰まってしまう。

そこで、左門君も
「日本はベトナム戦争に荷担してるんだ。黙っていられるか!」
と決め台詞を吐くが、眞知子さんも臆すことなく
「戦争に反対するため、自分の生活を壊す気?」
と、決め台詞を吐く。

左門君、ビックリしてつい本音がぽろり。
「オレにノンポリになれっていうのか?」
ノンポリってのは、ぼくもさんざ言われてきたが、要するに
「社会悪に目をつむって生きる、卑怯者や極楽とんぼ」
という意味。格好の悪い、軽蔑対象だ。

すると眞知子さんは、
「そんなの、あなたたち男子学生だけの価値観でしょ?」
という感じで突き放し、
「大人になって!このままじゃ、犯罪者になるしかないわよ」
ということを、優しい言葉にくるんで、暗に仄めかすのだ。

 


カール・マルクス マルクスが『ドイツ・イデオロギー』を書いたのは、27歳の時。
金持ちのボンボンで、働くことが嫌だったから、こんな「理想」を持ったのかもしれない。
でも、変な理想だよね。
「誰もひとつの職業に縛られることなく、好きな仕事ができる」
「気の向くままに、きょうはこれをしよう、明日はあれをしよう」
なんて就労態度じゃ、いくら社会が社会全体の生産物と生産量を決めていても、何一つ達成されないだろうに(笑)。

この後、マルクスは1848年革命の失敗で、理論的に行き詰まるのだが、それは一生解決できなかった。
マルクスは、生涯
「何ひとつ成果が上がらなくても、働いた時間の分、利益は出ているはずだ。出ていないように見えるのは、資本家が泥棒(搾取)しているからだ」
と信じ込んでいた。そして、その資本家による「搾取=泥棒」を、証明しようとした。
だが、できなかった。
そりゃそうだ。食えないたこ焼きは、幾ら焼いたって売れない。売れなきゃ社長は給料を払えない。社員も給料をもらえない。それが当然だもの。

そのくせ、
「資本家を倒し、暴力で独裁しろ。万国の労働者よ、団結せよ!」
と、扇動する。それも、まだ証明してもいないのに、煽っちゃってる。

つまり、どこと言って故障箇所もなく、快調に走る車を、
「この車は危険だ。重大な欠陥がある」
と言いふらし、大混乱を起こしたようなもんだ。

マルクスはドイツに住むユダヤ人だったが、フランスにも、彼と同じ役割を果たしたユダヤ人がいた。
rousseau フランス社会に、
「今までの秩序はすべて間違っていた」
と喧伝し、血まみれのフランス革命を準備した、ジャン・ジャック=ルソーだ。
彼もまた、どこと言って故障箇所もなく、快調に走る車(世の中)に、
「この車は危険だ。重大な欠陥がある」
と主張し、大混乱を惹起したのだ。


似てるよね。しかも、マルクスもルソーも、サヨクのカリスマだ。これって偶然の一致だろうか?
だが、どちらにしても、ぼくらが生きている社会の仕組みと繁栄を、壊すような意見は困る。
サヨクは、そういう存在なのだ。

さて、眞知子さんの説得は、功を奏しなかった。
左門君は、眞知子さんを捨て、黒ヘルの仲間になって行くらしい。青臭い自分の夢を疑わず、取った手段だけを疑いながら・・・・。

さて、こちらのブログを見てみよう。
おやおや、民主党はいつの間にか、北方領土を韓国に売り渡そうとしていたようだ。
これはもうダメだ。完全に韓国の政党だ。
民主党員や閣僚は、死刑に値する。とにかく今後、ただで彼らを生きながらえさせるわけにはいかない。 きっちり、ツケを払ってもらわないと。
まずは、在日特権の廃止だな。今までが甘すぎた。


こんな民主党を支持するなんて、サヨクって存在は実に不思議だ。
でも、その特徴は左門君に、とてもよく現れている。
1.現実を、ちゃんと見ていない。
2.見ていないくせに、不満だけはあって変えたがる。
・・・のだ。違うか?
晩節を汚すロック爺いこういう奴が職場にいると、とても迷惑だぞ。

そう言えば、民主党も「政治主導」だ「事業仕分け」だ言っては、間違ったこと、余計なことばかりしてくれる。
民主党の狙いは、日本の国力の破壊なのかもしれないが、あの馬鹿げたパフォーマンスを見て、喝采したり、溜飲を下げていた奴(たとえば内田裕也)は、まさに上記の典型だったんじゃないかな?

われわれは、とにかくサヨクの逆をやろう。
1.現実を、もっとちゃんと見よう。
2.ちゃんと見て、変える必要があれば、全体に被害が出ない部分から、少しずつ変えて行こう。
「世の中を、もっとそっと大切に扱う」
ということだ。それが、保守と言う思想だ。
そうすれば、必ず
「良い世の中」
「人間らしく暮らせる世の中」
がやってくる。

27歳のマルクスの空想に対し、老いたぼくはこう空想する。
より良い世の中、人間らしく暮らせる世の中とは・・・・?
それは、能力のある者が、それに相応しい地位に就き、能力の有無が公平に判定され、人材が洩れなく適材適所に配置され、うまく回って行く世の中だ。
ドラッカーが夢見たような組織が、活発に競争している世の中だ。
誰もが、成功哲学の教えを確認できる世の中だ。
ベンチャーに失敗しても、ちゃんとやり直せる世の中だ。
そして、世界各国が通貨発行権を取り戻した世の中だ。
それこそが、真の繁栄だ。
それが、穏やかな手段で、一歩ずつ、少しずつ実現して行くことが望ましい・・・と。

大切なことは、変革に伴うダメージを、最小限にすることなんだ。
穏やかに変革する、ということだ。そこをキチンとやることさえできれば、この世の中にイデオロギーなんか要らないし、内ゲバする必要もないのだ。
だって、穏やかに変えて行くから、いつでも修正が利くし、結果もじっくり看てとれるからね。

でもその前に、まずは民主党を解体し、売国行為にいそしんだ戦犯共を、徹底的に裁かないと。
脱税総理、売国&人災総理、収賄幹事長、ゴルフ副代表、パンデミック大臣、維新内股膏薬大臣、その他色んなルーピー共がいるが、こいつらが二度と政治家になれないよう、政治の仕組みを一歩ずつ、穏やかに変えて行かなければならない。 
サヨクには、はっきり
「ノー!」
と言う必要があるんだ。眞知子さんのようにね。

posted by インク at 00:00 | TrackBack(0) | サヨク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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