2011年05月31日

サヨクの心理的傾向について

心は目に見えない。
従って、心に関する議論は、ほとんどのものが仮説、意見、ただの認識にならざるを得ない。
今までのサヨク論がゴチャゴチャしていたのも、この心理の推測がキリなかったことと、それと実際の行動の照合が難しかったためであろう。

そこで、ここではそれらを無理に照合したりせず、そのまま提出しておくことにした。
ご自身のサヨク観察に、お役立て頂けたら幸いだ。
 
サヨクの心理的タイプ

経験的に、サヨクを心理面から分類すると、以下のようになる。
1.保守=死の商人と勘違いし、恐怖している人々
2.自由・平等・博愛の理念を、最高だと信じ込んじゃってるお花畑の人々
3.「働いたら負け」と言った少年みたいに、サヨクを辞めたら負けと思ってる人々
4.菅直人、ルーピー鳩山のように、とにかく注目されたい人。病的ナルシシスト
5.半島人(順境であれ逆境であれ、真因を必ずすり替える民族的特徴の持ち主。菅さんは典型か?)

サヨクをやめたら負けかなと思ってる・・・

                  
そして、このどれもが
1.ミクロの正義、マクロの抑圧。
2.目的のためなら、手段を選ばない。
3.「何が正しいか」ということより、「誰が正しいか」にこだわる。
4.協調性がない。
5.代理ミュンヒハウゼン症候群に近い行動傾向がある。
6.国力を下げる。

という6つの行動特性の、心理的原因、心理的背景たり得る。

「ミクロの正義、マクロの抑圧」は、保守を何らかの心理的恐怖の原因と混同し、あるいは勘違いした結果とも考えられる。あるいは、単なるお花畑的な勘違いの場合もありそうだ。
だが妄想や勘違いも、度を超せば反社会的になり得る。
「目的のためなら、手段を選ばない」は、一種の残虐性、反社会性を示しているだろう。
「『何が正しいか』ということより、『誰が正しいか』にこだわる」性質は、幼稚さ、利己的性質、ナルシシズムを連想させる。
「協調性なし」も、非社会性や幼稚さ、ナルシシズム、誇大妄想などを想像させる。
ただし、どれも見る側、解釈する側の、経験に左右された見方だ。実際のところは、おそらく本人にも分からないだろう。

  ちなみに、人が残虐になったり、頑なになる時には、必ずと言って良いほど、近くにそれを促進している、原因と思しき人物がいる。
このこともまた、サヨク論をゴチャゴチャさせる原因だという気がする。

真の原因


それはそれとして、とりあえずこれらに共通する心理傾向をまとめると、抽象的になってしまうが、次のようになる。
・非現実性
・反社会性
・暴力性
・幼児性
・嗜虐性

これが、非常におおまかにまとめた場合の、サヨク特有の心理的傾向だということになろう。
代理ミュンヒハウゼン症候群を引き合いに出したのも、こうした心理傾向を彼らの自虐性、売国性に照合させようとしたものだ。

ただし、何度も言うが、これは
「そうなのではないか?」
「そう思うと、説明がつきやすい」
と言った程度の話でしかない。

問題の本質は何か?

観察可能な事実は、
1.ミクロの正義、マクロの抑圧。
2.目的のためなら、手段を選ばない。
3.「何が正しいか」ということより、「誰が正しいか」にこだわる。
4.協調性がない。
5.代理ミュンヒハウゼン症候群に近い行動傾向がある。
6.国力を下げる。

である。
一方、推測される共通の心理傾向は
・非現実性
・反社会性
・暴力性
・幼児性
・嗜虐性
だった。

だが、これらはサヨク問題の本質だろうか?サヨク問題を、危機的なものとして成り立たせているのは、本当にこうした心理性なんだろうか?
もし、そうではないとしたら、心理傾向と行動傾向の照合に、どれほどの実際的な意味があるだろう?

しかし、過去サヨク論を試みたり、サヨクを分析し始めると、ぼくはたいていこうした
「錯綜する心理の藪」
に入り込んでしまったように思う。
たしかに、サヨク発生の理由は、心理的なものだろうから、それも仕方ないのかもしれない。中には、脳の仕組みにまで入り込んで、サヨク発生の問題を捉えようとする人もいるくらいだ。こちら

そこで、次回はこの疑問に対し、ぼくなりの答えを出そう。

posted by インク at 00:00 | TrackBack(0) | サヨク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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