2011年04月17日

諸行無常

この世の中には、幾千万の事実があり、無限の出来事が起こる。
なぜならば、ひとつひとつの事象を決定する要因が、数え切れないほど多様だからだ。

たとえば、人の顔。
似ている顔はあるけれど、同じ顔はひとつとしてない。顔を決定する要因が、無限大にあるからだ。

中谷美紀 ザ・ブングルの加藤 加藤ローサ
柴咲コウ 片桐はいり ビビアン・スー

それゆえに、この世には二度、同じことは起こらない。すべては一度きり。そして、その一度きりが永遠に続いて行く。
常なるもの無し。諸行無常。変わらないものはないという教え。
ただし、それは見せかけだ。外見だけの話だ。

変わらないもの、永遠なものはある。
ただ、その姿が変わり続けるだけなのだ。
これを、色即是空、空即是色と言う。分かりやすく言えば、物事には形而上的(目に見えない)性質と、形而下(物質的で目に見える)性質があるということ。

ぼくはその空の方、形而上的なもの、目に見えない性質とコミュニケートしている。だから、悪いと分かっていることを、敢えてすることができない。
そんなことをすると、自分の中の本質が、悪い方向に変化し、自分を苦しめることを、知っているからだ。
これを、因果応報または、思考は現実化すると言う。

人が空=形而上的な存在=目に見えない性質と、コミュニケートしている事実に気づかない人たちは、悪いと分かっていることでも、平気で実行する。
そういうことをしても、自分が苦しむはずはなく、因果応報など起こらないと、信じ込んでいるからだ。
だが、その思考も現実化する。

ちなみに、そういう形而上的世界を信じない人が、霊を見る力があると言っても、ぼくは信じない。いや、仮に力があったとしても、邪悪な力だろうと考える。
そういう人は、自分の良心を踏みにじることが多く、心に負い目や引け目を増やしやすい。そしてそれが増えると、邪悪な力を吸い寄せてしまう。
不良同士が、惹かれ合うように。似てきてしまうのだ。

何の話をしているのかだって?

「この世に、理不尽なことはあってはならない」
と、思い込んでいる人たちについて、語りたいんだ。

諸行無常と言えるほど、安定したものがない状況下で、どうして理不尽なことが起こるたび、いちいち腹を立てなければならないのか?
そういうことをしていると、人はチェ・ゲバラになるか、宅間守になるしかない。
そう言いたいんだ。

チェ・ゲバラ 宅間守

ところで、ぼくはある人を尊敬している。
その人は、元自衛官だった。体を鍛えるために、5千回も腕立て伏せをやった人だ。
もちろん、そんな鍛え方は滅茶苦茶だが、軍隊式トレーニングは、メンタルの強さを作ることに主眼がある。

その人から聞いた話で、ぼくは自分の弱さも強さも、素直に受け入れて行くことこそが、ほんとうに強い心だと知った。
自分の長所も短所も認め、受け入れ、好きになる。だからといって、ナルシシストになるわけじゃない。根拠もなく、自分を高く評価するのは、頭がおかしい。
そうではなくて、精一杯頑張ることを経験すると、自分の有能さも無能さも、そのまま好きなれるようになる、というだけだ。
「あ、これは苦手。辞めた方が良い」
「あ、これは得意。お役に立てます」
そこの所が、スッキリしていて、隠すものがない。嘘がない。無理がない。
決して優等生じゃないけれど、決して問題児でもない。自分をよく知っていて、楽しみながら耐えることができる、そんな人になれるのだ。

事実、ぼくの尊敬するその人は、
「世の中は、こうでなきゃいけないんだ。こうでなきゃおかしいんだ」
などと、言ったことは一度もない。
反対にぼくは、
「こうでなきゃいけないのに、こうなってない。誰が悪いんだ?」
とあら探ししたり、犯人捜しをすることばかりしていた。

そう。サヨクはぼくと同じことをやって、何十人も・・・いや、世界レベルでは何億人も殺してしまった。
「世の中は、こうでなきゃいけないんだ。こうでなきゃおかしいんだ」
「こうでなきゃいけないのに、こうなってない。誰が悪いんだ?」
「許せん!」

ぼくも彼らも、この世の実相を許せないんだ。受け入れられないんだ。耐えられないんだ。
諸行無常、色即是空、因果応報、形而上の自然。そういったものを、受け入れることができず、この世の仮の姿を憎み、蔑み、叩き直そうとするんだ。

そのことに、良心の痛みを、感じないんだ。
憶測で、犯人をでっち上げているという、自分の嘘に気づけないんだ。
「犯人はいる!」
「オレの気分が悪いのは、全部そいつらのせいだ!」
そうやって、自分をイライラさせる現実を拒否するため、犯人を捜す(創造する)。そのことに夢中になる。
だから、ぼくはいつも苦しかった。
そして、ぼくの尊敬する元自衛官の人は、いつもユーモアに溢れ、ぼくを笑わせてくれた。
お説教など、一度もされたことはなく、いつも笑い話をしてくれるのだが、その内容にたまらないほどの滋養があった。

理想の世界を、夢見ることは良い。
だが、それを物事の価値の判定基準にしたことが、ぼくの大きな間違いだ。
そんなことをすると、減点法でしか、世界を評価できなくなる。それも、ひどく残酷な。

そうやって世界を眺めることは、自分への脅威にばかり気を取られ、ガチガチに固まることでもある。
それでは、外の世界や現実が、まるで見えなくなる。

逆に、世の中は混乱していて良いんだ、トラブルがあって当然なんだと、腹を立てることを止めれば、ホラ、外が見えてくる。
現実が、見えてくる。

自分への脅威や、自分の欠点、弱点ばかりが見えていたのに、それが消え、自分が好きになってくる。なぜか、自由になってくる。肩の荷が下りたような、気分の軽さがやってくる。
嘘から、解放されたのだ。力みから、解放されたのだ。そして、憎しみと怯えからも、解放されたのだ。
こうなれば、ほんとうの頑張りも、ほんとうの満足も、両方とも得られるようになる。

ぼくも、早くそうした境地に立ちたい。
民主党の問題、サヨクの問題は、ぼく自身の問題でもあるのだ。
彼らの醜悪さは、ぼくにとって、決して他人事ではない。

posted by インク at 21:49 | TrackBack(0) | 暮らしのひとこま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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