2011年03月04日

WBCのイチローに見る自信と信念

自信(confidence)とは何だろう?

広辞苑にはこうあった。
1.自分の能力や価値を確信すること
2.自分の正しさを信じて疑わない心

新明解国語辞典はこう。
1.確かにうまくやることができるであろうという自己評価(新明解)

学研、旺文社の辞書はこう。
1.自分の価値や能力を信じること(信じる=ほんとうだと思うこと)。

英英辞典にはこうある。
confidence: the feeling that you can trust, believe in and be sure about the abilities or good qualities of somebody or something.

あなたが、「これは本当だ」と思ったり、直観したりしている時の気持ち。また、誰かや何かの能力、および優秀さを確信している時の気持ち。

「信じて疑わない」
「確信」
「本当だと思っている」
という感覚、気持ちって、非常に落ち着いたものだろう。

これに対し、信念(faith)とは何か?

英英辞典には、
faith: trust in somebody or something will do what has been promised

誰か(何か)が、約束を果たすことを信じ、頼ること。

WBCでのイチローとある。
たとえば、ワールド・ベースボール・クラシックでのイチローと、彼に対するぼくらの気持ちってどうだったんだ?


 

やってくれるさぼくらは、それまで12連続三振で、絶不調のイチローを見ながら、
「あいつならやる。やれるに決まってる」
という気持ちと、
「でも、ダメだったらどうしよう?日本は絶望だ!」
という気持ちの狭間で、大きく揺れ動いていた。一喜一憂。昔の、花屋敷のジェットコースターよろしく、自信と疑いの間を、うわぁんうわぁんと揺れ動く、ぼくらの信念。
ぼくらは、疑いの焔を一所懸命になって、消そうとしてはいなかったか。そちらを、見ないようにしていたのではなかったか。
そんな風にして、ぼくらは
「イチローはやる!」
という信念に、ギリギリで踏みとどまっていたのではなかったか。

一方、イチロー本人はどうだったか?
こんなことを、インタビューで答えている。
自信を取り戻すイチロー
心が折れそうになりながらも仲間を守ろうとし、逆に仲間に守られるイチロー

自信を失いかけながらも、それでもなお
「今はこんな状態だが、だからこそ今俺はこうあるべき」
とする信念を、イチローは貫く。
それは、
「率先して、不撓不屈の姿勢を見せることによって、仲間たちの信念を守る」
ことだった。
(現状、俺はまったく打てない。バントすらできない。このままでは、降ろされる。だが、みんな行くぞ。勝つんだ。俺の勝とうとする意思には、一ミリの疑いもない。俺は挫けない。お前達を絶対に見捨てない。自分も見捨てない。一緒に行く。勝つんだ)
すると仲間たちは、涙が出るほど洒落た方法で、イチローの気持ちに応えたのだ。

ストッキングに注目!



自信と信念は違う。
自信は、着実な目標達成が築くもの。無理せず、一歩ずつ進歩を積み重ねて行くことで、確実に培われた自分の能力を、自覚している状態だ。
リアルな能力の自覚

これに対し、信念は、
可能性の自覚
だと思う。
今まで積み上げてきた自信が、
「お前にはできる」
「可能性はゼロじゃない」
と教えている。
にも関わらず、あまりの障害の多さ、大きさ、長さに、人は往々にして心が折れそうになる。挫けそうになるだけなのだ。

つまり、自信は、事実の直視だが、信念は見解なのだ。

見解は、気分に左右される。イチローの気分は最低だったろう。
気分は想像力に左右される。イチローは、このままでは降ろされるし、それが当然だと考えていた。
想像力は良い行動の習慣(心構え)に左右される。イチローは、それでも自分はまだチームに貢献できる。その方法は、不撓不屈の姿勢を見せ続けることだと考えた。また、バッターボックスで彼は、気持ちを維持するため色んな努力をした。彼は、日頃からこうした心構えを作ってきていたのだ。
良い行動の習慣は、願望に左右される。つまり、勝ちたいという願望だ。世界一になりたい。仲間を世界一にしてやりたい、という願望だ。イチローは、おそらく寝ている間も、この願望を反芻し続けていたろう。

それを、ナポレオン・ヒルは
「自己暗示」
と呼んでいる。
だがそれは、願望を消さないための努力だ。
機械的な
「修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ・・・・」
とは、かなり違っているはずだ。

なぜなら、ヒルは別の所で、
「信念は愛と似ている」
とも述べており、リンカーン()やガンジーの例を挙げているからだ。
※若きリンカーンの恋については、諸説紛々だ。ヒルが知っていた説は、おそらくこれに近いのではないか?こちら

誰かを愛した時、人は何をする?
その人と添い遂げたいと願い、毎晩そのことを空想し、きっと添い遂げると誓い、そうなると信じ、そうなることを祈り、実際にその通りに行動するだろう。
これを、自己暗示と言うか?決して、言って言えないことはないと思うが、これは何かもっと自然な行為ではないか?祈りに近いのではないか?
だが、WBCの時のイチローのように、挫けそうな時はどうだ?きっと、自己暗示に近くなる!

成功者といえども、おそらくは何度も破産の危機を通り越してきている。
あの大金持ちの邱永漢でさえ、一度は自殺を決意している。
そんな苦しい時、人はどうやって自分を励ますだろう?

ヒルがインタビューした成功者たちは、きっとそのことを伝えたかったに違いない。
そしてヒルも、それを当時の最先端の見識で裏打ちすることで、分かりやすく伝えたかったに違いない。

posted by インク at 01:13 | TrackBack(0) | 暮らしのひとこま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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