2011年02月08日

人生の目覚まし時計(正直さと誠実さ)

きょう、ある友人からこんな話を聞いた。

彼は、ある有名な会社に行き、再就職のための面接を受けてきた。
そこは、凄く高級なマンションの一室だった。職員の応対は、非常に丁寧で、かなり高度な教育が施されていると、感じられたと言う。
彼は、面接のための受け答えを、頭の中で繰り返していた。
(こう訊かれたら、こう答えよう)
(いや、こう答えた方が、やる気があると思われるだろう)

さて、面接が始まった。
彼の右隣には、その会社の調理師になりたいという、うら若い女性が座り、左隣には、志望がよく分からない青年が座った。
資料が渡され、面接官は部屋の外に出た。女性は、黙って目を通す。彼も、黙って目を通した。
ところが、左隣の青年だけは、資料を開きもせず、携帯をいじっている。
(なんだ、こいつ・・・?)

やがて、面接官が戻ってきて、資料の感想を訊いた。
若い女性は、教科書通り
「御社の理想がよく現れていて、素晴らしいものだと思います。
と答えた。
面接官は、携帯をいじっていた青年にも、感想を訊いた。すると彼は、
「あ、ええ」
と言った切り、黙ってしまった。
面接官は、再度、感想を尋ねた。すると彼はまたもや
「あ、ええ」
とだけ答えて、黙ってしまう。

妙な沈黙が、何十秒か続いたのち、面接官は、じれたように、
「緊張しているんですか?」
と訊いた。すると青年は、
「あ、ええ、少し・・・・」
とだけ答え、また黙り込んでしまった。
(こいつ、嘘つきだな。それとも、緊張すると、携帯をいじる癖があるのか?)
そう、彼は考えた。

やがて、面接官の質問は志望動機に移った。
若い女性は、これまた教科書通りにスラスラと、ここは自分の理想通りの職場であり、是非とも働かせて頂きたいと答えた。
彼は、青年がどう答えるか、興味を持って見守った。すると、彼はいきなり
「自分は、人とコミュニケーションするのが苦手で、そのせいで学校では虐められ、転校ばかり繰り返してきました」
と、とうとうと喋り出した。そして、さんざ学校の悪口を言った後、
「でも、ここならそんな自分でもやって行けると感じたので、やって行きたいです」
とまとめた。
彼は、開いた口が塞がらなかったそうだ。

その時だった。
突然、彼の心に何かが起きた。
そして、彼は
「まったく唐突で、申し訳ないんだが・・・」
と断りつつ、最近あった、その会社の内紛について、自分の感想を述べ、
「御社の会長の態度は、大変立派だったと思う。これは、企業文化の問題で、自分ももし入ることができるなら、そうした企業文化を持つ会社に入りたい」
と続け、面接官が力強く頷いたところで、
「しかし、たった今分かったのだが、自分のやりたいことは、御社の事業とは違っている。ほんとうに申し訳ないことだが、自分の面接はここで中断して頂きたい」
そう言って、帰ってきたのだそうだ。

「ええっ?嘘だろ?いったい、何が起きたって言うんだ?」
ぼくは、驚いて訊ねた。

 

 

人生の目覚まし時計が鳴っちまったんだよ」
彼は、笑ってそう答えた。

「どういうことだ?」
「う・・・ん。もう、これ以上、自分に嘘はつけないって、気付いたのさ。・・・・なんていうかな・・・・あの変な男の子は、確かにほんとうのことを言ってたかもしれないが、正直かもしれないが、態度は不誠実そのものだったろ?他人が、何を期待しているか、まるで分かってないんだ。そりゃ、コミュニケーションがうまく行かないはずだよ。自分のせいなんだ。でも、それも分かってない」
「じゃあ、もう一人の女の子はどうなんだ?彼女は、誠実そのものって感じだ。だが、それは演技だ。リクルートのマニュアル通り、教科書通りの演技であって、無難さと錯覚だけを狙ったものだ。これも、俺が面接官なら考えちまうな。だって、不正直だもの」
ぼくは頷いた。
「そこで、俺は気づいたんだ。この年になって、俺はいつのまにか、あの女の子と同じような態度を取っていたって。これじゃ、俺は終わりだ。そんなことが、あの面接官に分からないわけもないんだしな。まったく、俺は恥ずかしくなったよ」
「かといって、あの男の子のような態度では、それ以前に終わっちまってる。他人の役に立つ何かを、何でも良いから持ってこいって、そうお前も言ってやりたいだろ?人に頼る前に、そうしてみろってさ」
「な、だから、どっちもダメなんだよ。正直さと誠実さの、両方がなきゃダメなんだ」
「あの会社の会長には、その両方があるのさ。だから、俺もそこを見習いたい。でも、それは手下になることじゃないんだ。やりたいことが違ってるんだよ。だから、言ってみりゃ、俺はあの会長と同格なんだよな・・・同格。分かるか?気持ちなんだ。規模の大小じゃないんだ・・・・」

この後、彼が何を言ったかは、よく覚えていない。
とまれ、ぼくはこう思った。
正直さは、ありのままでいること。
誠実さは、他人への思いやり。

この両方を、両立させないといけないってことを、彼は面接の最中に気づいた。それは、彼にとって、すこぶる重大な発見だった。
「人生の目覚まし時計が鳴った」
と言うほどに。

そして、いったんそこに気づいてしまったら、もう元には戻れなかった・・・・ということなんだろう。

それにしても、思い切ったことをしたもんだ。

 

posted by インク at 02:15 | TrackBack(0) | 暮らしのひとこま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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