2010年01月23日

美術史学への疑問 その4(最終回)

前回、ぼくは人文科学者を自称する学者センセーは、自分の著作に
「これは、著者の個人的意見や仮説を述べたものであり、事実であるとは限りません」
と、断り書きを入れるべきだ
・・・と述べ、さらに
われわれが住んでいる世界、
「生きた世界」
「血の通っている世界」
「頭でっかちじゃない世界」
は、(意見や仮説ではなく)知覚によって構成されている
と述べた。

今回は、その具体例をエントリしたい。

 

 

まず、「生きた世界」の住民と、「虚構(学説)の世界」の住民の感覚の違いを、TVのCMを真似て、「疑似知覚(バーチャル)」にしてみる。

ある日の『何でも鑑定団』

右のような絵が、鑑定依頼されてきたとしよう。ムンクの版画だ。宇宙での出会い

鑑定依頼者「私は、この絵を手に入れてから、なんつうか、こう元気が出てきまして、事業でも成功したし、家族仲も良くなって、ホント、良いことだらけです。だから、この絵には感謝してるし、あの、凄いパワーがあるって思うんですよ。だから、絶対本物です。よろしくお願いします!」
美学者「 衝撃的な色使いですね。黒は、宇宙の神秘を感じさせますし、青は穏やかさ、赤は情熱や強さを感じさせます。単純な色面構成は、明らかに木版の特徴ですね。ムンクは、死や恐怖も描きましたが、その一方で生のダイナミズムも描いています。ムンクというと、病的なイメージばかりが先行しますが、実は大変なドンファンでして、自らも大けがをするくらい、烈しい恋をしているんですね。烈しい不安と喜びの交錯。そこからくる、生命の烈しい燃焼。それこそ、ムンクの世界であり、ムンクの美意識です。本物に間違いないと思います」
美術史学者「1800年代の終わり頃から、ムンクは『フリーズ・オブ・ライフ(生の装飾)』の制作を始めます。これは、生を神殿と見、自分の作品をその神殿の円柱に飾られたフリーズ(装飾)と見なした、シリーズものです。これもそのひとつになります。彼は、この構想をパリで得るんですが、そこで西欧近代を超えようとした、ボードレールやゴッホ、ゴーギャンの思想的影響を受けたと思われます。色使いなどの特徴を見ても、顔料や紙の年代測定からしても、1899年に20部ほど刷られた版画の、一枚に間違いないと思われます」
鑑定士「サインから見て、ムンクの作品に間違いないと思われます。400万です(会場おおーっ)。版画ですのでこの値段になりますが、もし肉筆であれば、十倍はすると思います」

この鑑定は、ここで終わり。だが、島田紳助が奇妙なことを言い出す。

紳助「皆さん、鑑定士の先生方は、大変立派なことをおっしゃいます。でもね、この人たちだって人間ですよ。次の依頼品は、本来なら他の専門家を頼むんですが、あえてこの先生方にお願いしました。どんな鑑定をするか、皆さん、じっくりご覧ください」
鑑定士軍団「ざわざわざわ」
紳助「依頼人の登場です」

なんと、井上和香ちゃんが出てくる。

紳助「依頼品は何ですか?」
和香「私のグラドル時代の生写真です」
紳助「え、だってこれ凄く大きいじゃないですか」
和香「高さ1.5mはありますね」
紳助「写真集には載ってないんですか?」
和香「きわど過ぎて、載せられなかったみたいです」
紳助「ええ〜っ?どれどれ・・・・あああ!これは凄い!」

もちろん、そんな凄い写真、ぼくが持っているはずはないので、ここにはネットで拾った画像を貼っておく。この画像の、水着がなくて、しかも下半身がも少し危うい写真を、ご想像いただきながら、続きを読んでいただきたい。
紳助「さて、この写真、鑑定士軍団はどう鑑定するでしょう?言うときますけど、ふだんはこんな急な鑑定はしてませんよ。あらかじめ、鑑定士の先生方にはものを見せて、調べて貰ってきてあります。そうでなかったら、あんな詳しい鑑定でけしまへんやん(笑)。さ、まず美学のセンセー。いかがですか?」
美学者「あ、いやこれは・・・す、凄いですね。もう、エロスの固まりというか、あ、あ、何というか・・・(大汗)」
紳助「下半身が、言うこと聞いてくれないんと違いますか?」
美学者「ええ、あ!、いやいや、あの、その・・・・とにかくこれは美ですよ。美・・・・」
紳助「美術史のセンセーはどうです?」
美術史学者「あ〜いやぁ、これはもうビーナスですね。現代のビーナスですよ。あ、そうですね。あの、ビーナス・・・・」
紳助「ビーナスは分かりましたがな。それしか言えんのですか?」
美術史学者「あの、そう言われましても、これって現代のものですから」
紳助「現代って、もう十年くらい前とちゃうの?」
和香「違います!まだそこまで行ってません!」
紳助「でも、今はコンピューターの時代ですよ?3年で太古とか言いませんか?こんなん恐竜ですよ?」
美術史学者「いやいやいや、今でもまだまだ現役です」
紳助「センセーの息子はんが、現役なんかなぁ(笑)。ほんなら、これならどうですか?これなら鑑定できますやろ?」

Cabanelそう言うと、カバネルのビーナスを持ってくる。

美学者「カバネルの『ビーナスの誕生』ですね。これなら大丈夫です(笑)」
紳助「和香ちゃんより、エロくないですか?」
美学者「ああ・・・はい。いや、あの・・・」
紳助「美術史のセンセーも、これならOKですか?」
美術史学者「1863年に制作された、カバネルの『ビーナスの誕生』です。オルセー美術館にある方の、二分の一サイズのポスターかな。ビーナスの誕生というモチーフは、キリスト教にとっては異教徒的なんですね。だから、たびたび迫害を受けてきています。この絵は、あまりに美しいため、時の皇帝ナポレオン3世が購入したことで知られています。後に、本人が複製を描いて、アメリカの銀行家に贈呈したものが、メトロポリタンにあります」
紳助「調子、戻りましたな(笑)」

紳助は、ここで鑑定士に質問する。

紳助「鑑定士のセンセイはどうでっか?」
鑑定士「私は大丈夫です(笑)。井上和香さんの秘蔵の生写真ですよね。しかも大きい。ネガはあるんですか?」
和香「デジカメですから、データだけです」
鑑定士「フム。マニアの方なら、1千万でも出す可能性がありますね」
和香・紳助「ええっ?」
鑑定士「一応、オークションにかける最初の値段として、200万円で良いと思います」
会場「オオー」

ここで、紳助が説明を始める。

紳助「会場の皆さんも、TVをご覧の皆さんも、今何が起きたか、お分かりになりますか?石坂さん、お分かりになります?」
石坂浩二「自分が欲情しちゃうと、鑑定できないってことですよね?」
紳助「でも、わが鑑定士は鑑定できたでしょ?」
石坂「あ、そうか。分かった。」
紳助「さすがですな。分かりましたか。吉田、お前どやねん?」
吉田「鑑定士さん以外は、まだ現役ってことですか・・・・?」
紳助「お前!お前!何言うてんねん!あ〜あ、今ヤバイこと言いよったで、コイツ」
吉田「・・・・(苦笑)」
紳助「ちゃうねん。あのな、美学や美術史学の先生方はな、今を生きておらへんねん
吉田「・・・・??」
紳助「わいらな、今ここに生きてんねん。せやから、和香ちゃんの裸の写真に値段つけられるねん」
石坂「と言うか、先生方は和香ちゃんの写真を見て、逆に現在に引き戻されてしまったんですよ」
吉田「現在・・・・」
紳助現実言うてもええわ」
マレーネ・デートリッヒ石坂「先生方は、ふだん仮説や想像の世界に生きておられる。何百年も昔の世界で、遊んでおられる。だから、現実とぶつかると、却って混乱してしまう。自分自身を、もてあましてしまう。そういえば、昔デートリッヒ主演の『嘆きの天使』って映画がありましたね」
紳助「長い間、学校の先生を勤め上げた、マージメーな老人が、凄い美人のストリッパーに恋して、付け人になって、からかわれて、正気を失ってしまうって映画ですわな。先生方、気をつけないけまへんで。あんた方には、和香は毒婦でっせ。毒婦」
和香「何それ!ひどーい!」
紳助「褒めたってるんやないか!吉田なんか見てみい。こいつかて、昔はグラドルやったんやで。けど、その頃の写真見せたかて、先生方は全然動じんと、『ひゃっくえ〜ん!』て鑑定するわい」

以上。

芸術鑑賞とは、畢竟
「勝手な思い入れ」
なんだと思う。
その思い入れが、和香ちゃんの写真に1千万の値をつけ、あるいはグラドル市場を作り、そこに関わる人々とその家族の暮らしを、支えてもいるのだろう。
あるいは、ゴッホに数十億もの値をつけているエネルギーも、底辺はこうした
「勝手な思い入れ」
なのかもしれない。つまり、
「勝手な思い入れの経済効果」
だ。

それだけではない。「勝手な思い入れ」は、その気になって見れば、
「隠しようのない自分」
というものを、否応なく教えてくれてもいるのだ。これは、哲学効果と言えるだろう。

これは個人的想像だが、美学や美術史学の仮説は、衒学的になり過ぎたり、権威主義的になり過ぎると、そうした経済効果、哲学効果を減殺してしまうかもしれない。

ともかく、延々と自分の意見や空想を押しつけるのではなく、面白い事実だけを教えてくれるのであれば、美学も美術史学も、ぼくは大歓迎だ。

そんな意味では、寺田寅彦のエッセイや、九鬼周蔵の『いきの構造』は面白かった。しかも、この二人の著作は、定量分析という点でも、優れていたという記憶がある。

寺田寅彦も、九鬼周蔵も、今では青空文庫で読める。ありがたいことだ。



 

posted by インク at 17:44 | TrackBack(0) | 世の中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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